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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)908号 判決

原告 中本仲一

被告 小泉製麻株式会社 外四名

主文

一  被告小泉徳一、同塚原誠二、同石田武男の各取締役解任を求める部分の訴を却下する。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告小泉徳一、同塚原誠二、同吉谷正之、同石田武男を被告小泉製麻株式会社の取締役から解任する。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求原因

一  原告らは、本訴を提起した昭和四九年九月二四日の六か月前から引続き被告会社の発行済株式総数(三六〇万株、ただし同年五月一八日四六〇万株に増資)の一〇〇分の三以上にあたる株式(原告仲一が三〇万六四〇〇株、同春一が三〇万七四〇〇株)を有する株主であるが、原告らの請求により同年八月二六日に開催された臨時株主総会において、被告会社の取締役兼代表取締役である被告小泉、同塚原、同吉谷及び同社の取締役である同石田の職務の遂行に関して以下の二ないし四のとおりの法令及び定款に違反する重大な事実があるとして、右被告四名の解任の件を議案として提案したところ、右議案はいずれも否決された。

二  定款所定の目的外行為並びに取締役の忠実義務違反

(一)  被告会社の定款に定める事業目的は次のとおりである。

1 麻糸麻布麻袋その他繊維工業品の製造、加工及び販売

2 前号に附帯する事業

本会社は前項の事業に関連附帯する取引又は行為を為すことができる。

(二)  ところが、被告小泉、同塚原、同吉谷は、昭和四六年六月八日開催の取締役会において、神戸市灘区友田町五丁目五番地外国道二号線沿にボーリング場を建設することを決議し、同年九月一六日訴外株式会社竹中工務店(以下、竹中工務店という。)との間に総額六億九〇〇〇万円の右ボーリング場(通称グランド六甲ボーリングセンター)の建築工事請負契約を締結し、同年一〇月二〇日鉄筋コンクリート造一部鉄骨造五階建延床面積一万四九二七・七二六平方メートルの建物の建築確認を受けた。そして右被告小泉ら三名は、同年一二月二七日開催の取締役会において、前記定款所定の事業目的に「倉庫業」「娯楽場並びに宿泊、飲食業の経営」「動産および不動産の売買貸借並びに管理」等を追加する旨の定款の一部変更議案を昭和四七年一月二八日開催の定時株主総会に上程することを決議し、右総会に諮つたが、結局右議案は承認されるに至らなかつた。しかるに、右被告小泉ら三名は、前記ボーリング場の建設資金を調達するため被告会社所有の不動産を担保にして金融機関より融資を受け、その建築工事を進め、約五億円を投じて機械設備を購入する一方、同年三月一〇日ボーリング場の経営等を目的として訴外旭開発株式会社(以下、旭開発という。)を設立し、被告吉谷がその取締役に、同小泉、同塚原がその監査役に就任した。右旭開発は、被告会社と同一場所に本店を置き、その発行済株式総数の約六割は被告会社が、その余は被告会社の関係者がそれぞれ所有し、その余の役員も殆ど小泉一族で占められている。そして、被告小泉ら三名は、同年六月六日開催の取締役会において、ボーリング場建物設備を旭開発に賃貸し、同会社をしてその経営に当らせる旨決議した。

(三)  旭開発によるボーリング場の経営はその後不振に陥り、被告会社より賃料減額等の便宜を受けたりしたが、結局被告会社に対し一億七三五五万円余の債務を負つたまま清算手続に入り、被告会社の取締役である被告小泉ら四名は、昭和四九年五月三一日開催の取締役会において右債権を放棄する旨決議した。

(四)  のみならず、右被告小泉ら四名は、昭和四九年四月一六日開催の取締役会において、竹中工務店が被告会社に対して有している右ボーリング場の建築工事請負代金の残金四億四八五〇万円のうち二憶三〇〇〇万円の債権を現物出資として竹中工務店に対し被告会社の記名式額面普通株式一〇〇万株を一株の額面五〇円、発行価額二三〇円で発行する旨の決議を行い、同年五月一八日右決議に従つて新株発行がなされた。

(五)  以上の事実は、次のとおり、被告小泉ら四名の取締役の解任事由を構成する。即ち

1 被告会社がその資本金(一億八〇〇〇万円)の数倍に相当する多額の資金を投入してボーリング場を建設し、これを他に賃貸することは、前記定款所定の目的の範囲外の業務であることが明らかであり、しかもこれがため被告会社所有不動産を担保に金融機関より融資を受けているが、金融引締の折柄被告会社の本業についての資金調達を困難にしていることは想像に難くなく、これに関与した被告小泉、同塚原、同吉谷においては、このことを十分承知していたのであるから、その職務の遂行に関し、善良な管理者としての注意義務に違反し、法令、定款に違反する重大な行為というべきである。

2 右被告小泉ら三名と同石田が被告会社の旭開発に対する多額の債権を何ら適切な処置を講ずることなく漫然と放棄したこと、並びに定款の目的範囲外の行為により生じた竹中工務店の被告会社に対する債権をもつて現物出資の対象となし、右竹中工務店に対し新株を発行したことは、いずれも取締役としての忠実義務に違反し、法令、定款に違反する重大な行為に該る。

三  竹中工務店に対する新株の有利発行等

(一)  被告会社の株式は、以前は大阪及び神戸の各証券取引所に上場されていたが、昭和三五年六月一日上場廃止がなされて現在に至つているところ(上場廃止直前の大阪証券取引所での株価は三三四円)、前記二の(四)のとおり、被告小泉、同塚原、同吉谷、同石田が竹中工務店に対する新株発行の取締役会決議をした際、その発行価額を一株二三〇円と定めた。

(二)  しかしながら、右発行価額は、以下述べるとおり、商法二八〇条の二第二項の規定が定める「特に有利な発行価額」というべきである。即ち、本来発行価額とされるべき公正価額は、旧株式の時価を基準とした適正な価額、換言すれば、新株の発行の際に企図される資金調達の目的が達せられる限度で旧株主にとり最も有利な価額をいうのであり、被告会社の株式のように非上場株式の場合には、会社の資産状態、収益力、配当率、資本金額等のほか、その株主構成、持株の割合などによりこれを評価すべきところ、これら各般の事情を総合するときは、一株二三〇円という前記発行価額は公正価額に比して特に低価額であり、到底旧株主を満足させるに至らないというほかない。このことを客観的に検証するために、純資産価額方式により被告会社の一株当りの株式価額を算出してみると、以下のとおり三九六二円となる。

(1)  被告会社の貸借対照表上の資産合計から負債合計を控除してこれを発行済株式総数で除した純資産の一株当りの簿価を時価とみなすと、昭和四八年五月三一日現在で三九七円三八銭、同年一一月三〇日現在で四〇三円五〇銭となる。

(2)  右負債から利益剰余金と見られる価格変動準備金、貸倒引当金を控除して右同様の計算をすると、同年一一月三〇日現在で四六四円〇六銭となる。

(3)  純資産の処分価値を想定して、それを基準として算出すると、同年一一月三〇日現在では、別紙計算書のとおり三九六二円となる。

(三)  本件新株発行は、右に見たとおり、発行価額が不公正であるにとどまらず、その発行方法も著しく不公正なものである。即ち、小泉一族は、従来から被告会社の大株主である原告ら中本一族が会社の経営あるいは監督にあたることを極端に嫌悪し、自らの地位の安定を図り、原告らを被告会社の経営に参加させないため、累積投票妨害や後述の株式名義書換拒否等あらゆる手段を弄してきたが、さらに、株主総会で絶対多数派を獲得して原告らの株式所有による影響力を減殺し、被告小泉らのボーリング場経営の失敗などについての原告らの責任追及を封じようとして本件新株発行の挙に出たものであつて、発行された全株式を被告小泉らと極めて親密な関係にある竹中工務店に割り当てたのである。このように、従来の小泉一族による専断的な経営方針を維持すべくこれに反対する者を排除するため、という不当な目的を達成する手段としてなされた本件新株発行は、株主の差止請求権の対象ともなる不公正な方法による発行といわなければならない。

(四)  しかるに、被告小泉ら四名は、商法二八〇条の二第二項の規定に違反し、株主総会を招集してその特別決議を経ることなく新株発行を行つたものであり、しかもその発行方法も前叙のごとく著しく恣意的で不公正なものであるから、右被告らのかかる行為は、法令、定款に違反する重大な行為である。

四  株式の名義書換の不当拒否

(一) 原告春一が代表取締役をしている訴外中本商事株式会社(以下、中本商事という。)は、昭和三八年三月九日訴外和光証券株式会社(以下、和光証券という。)を通じ、訴外大同生命保険相互会社(以下、大同生命という。)より被告会社の株式一万二五〇〇株を取得した。そこで中本商事は、(1) 同年一一月中旬及び(2) 昭和四七年五月の二度にわたり、右株式の名義書換のため該株券を添えて名義書換請求書を被告会社に提出したが、いずれの時も、名義書換はなされなかつた。これは、被告会社が大同生命及び和光証券に対し、右名義書換を妨害するためあらゆる圧力を加えたためで、右両社が被告会社との関係の悪化をおそれ、名義書換を見合わせて欲しいと中本商事に懇請し、中本商事がその窮状に同情して名義書換を続行することを留保し、右申出に応じたものであるから、結果的には、被告会社が中本商事の名義書換請求を不当に拒否したのと同一である。

(二) そして、被告小泉は、右(1) 、(2) の時期とも被告会社の取締役兼代表取締役として、同塚原は、右(2) の時期において取締役兼代表取締役として、同吉谷は、右(2) の時期においてその取締役としてそれぞれ職務を遂行していたものであり、被告会社が右のとおり株式の名義書換請求を不当に拒否したことについて、右被告三名が関与していたのであるから、これは取締役としての忠実義務に反し、法令、定款に違反する重大な行為というべきである。

五  よつて、原告らは、商法二五七条三項の規定に基づき、被告小泉、同塚原、同吉谷、同石田を被告会社の取締役から解任することを求める。

第三請求原因に対する被告らの認否並びに主張

一  請求原因に対する認否

(一)  第一項の事実は認める。

(二)  第二項の(一)ないし(四)の事実は認める。(五)の事実は否認する。

(三)  第三項の(一)の事実は認める。(二)の事実中、本件新株発行が特に有利な発行価額をもつてなされたものであるとの点を否認し、その余は争う。(三)の事実は争う。(四)の事実中、右新株発行につき株主総会の特別決議を経ていないことは認めるがその余は否認する。

(四)  第四項の(一)の事実中、中本商事が被告会社の株式を買取つた年月日は不知、その余は否認する。(二)の事実中、被告小泉らが原告ら主張の時期にその主張のような役員であつたことは認めるが、その余は否認する。

二  被告らの主張

(一)  本案前の主張

被告石田は、昭和五〇年八月二五日開催の定時株主総会の終結の時をもつて任期が満了して退任したので、同人に対する解任請求の訴は利益を失い、同人は被告適格を喪失した。

また、被告塚原は、同年一月三一日開催の定時株主総会の終結時をもつて任期が満了し、かつ同総会において再選され、同小泉は、同年八月二五日開催の定時株主総会の決議による営業年度を年二期から年一期に改める旨の定款変更により同総会の終結時をもつて任期が満了し、かつ同総会において再選されたところ、右被告両名の前任期中になされた本件解任請求が仮に理由があつたとしても、同取締役らが任期満了により一旦退任した以上、それによつて右解任請求の訴の利益は消滅したものというべきである。けだし、取締役の地位は商法上の制限のもとに定められた定款所定の任期中のものであり、任期満了後再選された取締役の地位は、別人が新たに取締役に選任されたときと同様、全く新たに取得された地位であつて、取締役の選任が本来株主(株主総会)の専属事項とされている商法の建前上、その解任理由が、継続的な違法行為であつたり、将来も同様の違法行為が重ねられることが必至であるような特別の事情なき限り(本件では、かかる事情の認め難きこと後述のとおりである。)、再任後の取締役を同一理由で解任することはできないと解すべきだからである。

(二)  定款所定の目的外の行為等を理由とする解任請求について

1 被告小泉らには原告らの主張するような解任の理由たり得る定款所定目的外行為はない。被告会社がボーリング場を建設しこれを他に賃貸することは、被告会社の定款所定の目的に客観的、抽象的に必要であり得る行為だからである。もつとも、右のような目的範囲内の行為であつても取締役がその行為に及んだ理由ないし動機において、会社の利益を害することを知りながら、又は自己の利益を図るためになされ、取締役としての忠実義務に反するような故意過失をもつてなされたような場合には、それが重大なものである限り解任理由となり得ると解されるが、本件の場合、そのような事実も存しないことは、以下に述べるとおりである。

2 我が国の製麻業界は、麻製品の需要減退や東南アジア等の発展途上国の製麻産業進出等により、昭和四五年頃から次第に不振傾向となり、各社とも多角経営に転換する必要性を感じていたところ、その頃、一般にボーリング場経営が有望視され、従来かかるレジヤー産業に全く関係のなかつた企業も、競つてボーリング場を建設し、又は同事業に出資する例が相次いだ。我が国の主要製麻業者たる大日繊維、帝国産業、日本製麻等は、いずれも昭和四六年から昭和四七年にかけてボーリング場の建設をしている。このような状況下にあつて、被告会社においても、立地上適当と思われる神戸市灘区友田町五丁目に遊休土地を所有しており、その有効利用や経営の多角的安定を考え、しかも製麻業の不振化による余剰従業員の吸収をも図るため、当時有望な投資とされていたボーリング場を建設することを計画し、製麻業とこのようなレジヤー産業との業態ないしは就労条件の差異に基づく労務対策上の考慮から、経営そのものは自営とせずに子会社である旭開発を設立して同社に当らせ、被告会社は賃料収入を得ることとしたものである。このように、本件ボーリング場の建設、賃貸は、具体的な見地からみても、被告会社の目的を達成するため有益かつ必要たりうる附随事業として企図されたものであると言い得るから、被告小泉らはむしろ経営者としての当然の責務を果したに過ぎず、定款の目的違反に該らないことはもとより、被告小泉らの経営努力には何ら非難されるべき理由ないし動機も存しなかつたことは明らかである。

3 前述のように、計画当時としては一般に有望視されたボーリング場建設ではあつたが、昭和四八年後半頃から、ボーリング業界は、ボーリング人気の急降下とボーリング場の供給過剰により、急速な沈滞期に入り、旭開発においてもその例外ではあり得ず、ために、被告会社の同社に対する少なからぬ賃料債権が取立不能に陥つたことは、原告らの主張するとおりである。しかしながら、ボーリング場の建設自体は、建設資金に相当する固定資産を取得しているものであるから、財産の減少を生じたものではなく、また右に計上した欠損の大部分は、得べかりし賃料収入が入らなかつたという消極的なものであり、決して被告小泉らの経営者としての忠実義務違反により生じたものではない。およそ経営の衝に当る者にとつては、事業の将来性についての的確な見通しを立てることが重要である反面、いかに忠実な経営者であつても、こと志と反する結果を見る場合があることは避けられないのであつて、本件の場合においても、結果において不測の事態を生じたものに過ぎない。

4 なお、昭和四七年一月二八日開催の定時株主総会に定款の一部変更議案が上程されたのは、定款を変更しない限りボーリング場の建設が許されないからではなく、前述のような理由から、右は当時の定款のもとにおいても可能ではあるが、当時の情勢からして、被告会社は近い将来多角経営に移行することにより経営の安定と発展を図る必要があろうとの見通しからこれに備えたものに外ならない。

(三)  違法な新株発行を理由とする解任請求について

1 本件新株発行の発行価額は、商法二八〇条の二第二項の規定にいう「特に有利な発行価額」には該らない。被告会社は、右発行価額の決定に当つては、努めて主観的評価によることを避け、特に公正慎重を期するため、証券業界の最高権威とされる株式会社野村総合研究所に適正価額の算定を求め、それに基づいて一株二三〇円と定めたものである。非上場株式の株価の評価については、純資産価額方式類似業種比準方式、収益還元方式、配当還元方式等の方法があるとされているが、本件の場合、原告らの主張する単純な純資産価額方式によるべき合理的根拠はなく、むしろ前記野村総合研究所の採用している類似業種比準方式の方がはるかに合理性がある。右研究所の算定方法においては経営権の移動を伴わない通常の株式売買を前提としてなされているところ、本件の場合、かかる経営権の移動(ある会社の経営権に介入し又はこれを支配するため、取締役を派遣し又は経営陣を交替せしめる前提として、他の会社がその株式を取得する場合)を伴わない場合に該るから、その前提も正当である。いずれにせよ、方式の如何により、評価額に多かれ少なかれ差異の生ずることは避けられないが、現実の発行価額がその評価額の幅から著しくかけ離れた価額でない限り、特に有利な発行価額とはいえないというべきである。

2 次に、発行方法が著しく不公正だとする原告らの主張も該らないというべきである。被告会社では、神戸市灘区の本社にある主力黄麻紡織工場地区が工業再配置促進法所定の工場移転促進地域に指定され、これを他種の製造工場に転換することが不可能となつたこともあつて、今後、都市地域再開発に豊かな経験を有し、各種施設建設につき有力な協力者として従来から縁故のあつた竹中工務店と一層の協力関係を密にすることが会社の経営の安定と将来の発展のために有利であると考え、同社の資本参加を求めて本件新株発行をしたものである。これを決定した被告小泉らの動機、意図の点においても経営者として合理的であり、何ら不公正なところはない。

(四)  名義書換の拒否を理由とする解任請求について

中本商事は、原告らの主張するような名義書換の請求すらしておらず、従つて、原告らの主張するような名義書換拒否の事実も存しない。大同生命は、四万二五〇〇株の被告会社の株式を保有し、被告会社も自社の安定株主として信頼していたところ、大同生命が内部的な手違いにより右株式の一部を売却した際、被告会社として大同生命に対し安定株主としてその信義を守るよう申入れたまでであり、右処分が大同生命の内部的手違いによることが判明したため、被告との信義に基いて、名義書換請求をした和光証券と接渉した結果書換請求が撤回されたに過ぎず、原告ら主張のような妨害工作を画策したものではない。

(五)  株主権の濫用

原告ら中本一族は、被告会社と競争関係にある訴外日本製麻株式会社を経営しているものであり、このような立場にある原告らが、被告会社の株主として、被告小泉ら経営者及びこれに賛同する多数の株主の意向に反して、すべてを定款違反と称して、客観情勢から必要至当と認めうるべき多角経営化のための定款変更等にも故なく反対を続け、取締役の解任を求めて本訴に及ぶことは、株主権の濫用というべきである。

第四被告らの主張に対する原告らの反論

一  定款所定の目的外の行為等について

会社の権利能力の範囲を定款所定の目的に限定せず、客観的抽象的にみて必要な行為もこれに含めて解するのは、会社と取引する第三者の保護を考慮するからである。しかしながら取締役の解任事由の有無の判断は、商法二七二条、二五四条の二、五八条一項三号該当性の判断と同様、取引の安全とかかわりのない、取締役の権限の会社内部規律の問題である。これらの場合には、定款所定の目的の遂行に必要な行為であるか否かを客観的、抽象的に決定する必要はなく、株主の権利保護の面からこれを捉えるべきである。しかるときは、社団の構成員たる株主は、その会社がどのような事業を行うかを定款所定の目的により認識して出資し、その目的の範囲内で取締役に会社の運営を委託したのであるから、定款所定の目的を変更すると否とは株主の意思に委ねられるべきものであり、その故にこそ法は目的の変更につき株主総会の特別決議を要求しているのである。そうとすれば、取締役の解任事由の存否の面からは、取締役の権限は定款所定の目的に限局される、と解するのが正当である。要するに、被告らは、会社の権利能力の問題と取締役の権限(その内部的な制限)の問題とを混同し、取締役は客観的、抽象的に必要な行為であれば定款所定の目的に拘束されずいかなる行為でもなし得ると主張しているのであつて、その不当なること明白である。

二  取締役の忠実義務違反について

被告会社が製麻業界の衰退によつて他業種への転換を迫られていた経営上の必要性については、原告らとしても、必らずしも全面的に否定するものではないが、本件ボーリング場の建設賃貸は、被告会社の不況対策としては有効適切な手段でなかつたことが明らかであり、被告小泉ら取締役はその見通し判断の甘さを指摘されてもやむを得ないところである。そして、原告らの反対によつて前述のごとく定款変更が否決されたにもかかわらずボーリング場の建設を強引に押し進め、従来被告会社の子会社の経理状況については原告らに明らかにされたことはなく、原告らが直営の方法によることを主張したのに従前と変らぬ子会社経営の方法をとりボーリング場経営による利益を小泉一族の間で配分せんとしたが、前記の通り将来の見通しを誤りさらには被告会社のこげ付き債権を放棄し被告会社に損害を与えるなど、その独断的な経営態度は、正しく取締役の忠実義務違反として指弾されるべきものである。

三  特に有利な発行価額について

この点に関し、被告らの援用する類似業種比準方式による株価は、合理的な根拠を欠くものといわなければならない。なぜならば、そこに類似業種として掲げられた標本会社は、その年商、資本金額等に照らすと格差が大であり、被告会社との類似性は到底認め難いものである。のみならず、右算定方法においては、経営権の移動を伴わないこと並びにこのことを前提とする被告会社の資本金の五〇倍余にあたる約一二五億円の含み資産についての考慮がされていないところ、本件新株発行前には被告会社では、被告小泉らを含む小泉一族と原告ら中本一族がそれぞれ約四〇パーセントの株式を所有し拮抗していたのであり、ここに右被告らの意を受けた竹中工務店が一〇〇万株を所有して入り込むならば中本一族の所有する株式は発行済株式総数の約三割に低下し彼我のバランスが大きく崩れ、実質的にみて被告会社の経営権に変動を及ぼすことは必定であるから、かかる経営権の移動を伴うような場合には、含み資産を考慮した純資産価額方式によつて株価の算定がなされるべきものだからである。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らは、被告小泉、同塚原、同石田の各取締役解任を求める訴はその利益を欠く不適法なものであると主張するので、まずこの点について判断する。

被告石田が昭和五〇年八月二五日開催の定時株主総会の終結の時をもつて任期が満了し退任したこと、被告塚原が同年一月三一日開催の定時株主総会の終結の時をもつて任期が満了し、同総会において再選されたこと、被告小泉が同年八月二五日開催の定時株主総会の決議による営業年度を年二期から年一期に改める旨の定款変更に伴い同総会の終結の時をもつて任期が満了し、同総会において再選されたことは、被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなされる。そして、成立に争いのない甲第二号証、乙第一五、第一七号証によると、被告会社の取締役の員数は三名以上一〇名以内と定められていること、被告石田が退任した後前記総会において臼井常政がその後任に選任され、在任取締役は四名であること、以上の取締役の変動についてはいずれもその旨の登記が完了していることが認められる。

ところで、商法二五七条三項の規定は、株式会社の運営の合理化をはかるべく、取締役の権限を強化し、取締役会の制度を採用した結果、その合理的運営を確保するため、取締役の地位の安定をはかる必要があり、その解任決議は特別決議によることを要することとした、反面、取締役が多数株主と共に不正横暴な行為に出ることを防ぐ必要があり、そのため取締役が職務遂行に関し不正の行為その他同項所定の行為をなしたにかかわらず、株主総会が当該取締役の解任決議案を否決した場合、多数株主の支持の下に依然としてその地位に止まらしめることは不当であるとして、少数株主権による解任の訴を認めたものである。従つて、この訴の目的とするところは、少数株主が会社と取締役との間に存する委任関係を任期満了前に解消すること自体にあり、解任判決の確定によつて当然に取締役たる被告の解任の効力を生じるもので、この判決には、取締役選任決議の取消判決のごとく遡及的形成力はなく、また当該取締役の在任中の行為についての会社ないし第三者に対する責任追及を目的として損害賠償を求めることとは直接的に関わるところはないのである。そうすると、この訴は、取締役の在任期間中の職務執行に関する不正な行為、又は法令若しくは定款に違反する重大な事実の存在を原因として残存任期にわたる取締役の地位を剥奪すれば足るのであつて、解任の訴の係属中に解任を求められた取締役が任期満了に伴う退任によつて取締役としての権利義務を喪失し、その後の株主総会の決議によつて後任の取締役が新たに選任され、右取締役の変動について登記がなされたときは(本件においては、法律又は定款に定める取締役の員数に欠員のないこと前叙のとおりであるから、商法二五八条一項の規定によつて退任した者がなお取締役の権利義務を有することとなる余地はない。)、たとえ同一人が再選された場合であつても、取締役の選任が株主総会の専属決議事項であつて取締役としての資質、資格に関しての適不適につき株主総会の新たな判断がなされた以上、特別の事情なき限り、解任の訴は実益なきに帰し、訴の利益を欠くに至るものと解するのが相当である。しかるに、本件においては右特別の事情につき何ら主張立証がないのであるから、被告小泉、同塚原、同石田の各取締役解任を求める訴は、その余の点の判断を待つまでもなく、訴の利益を欠くものとして却下を免れない。

三  そこで、被告吉谷の解任請求について原告らが主張する定款、法令違反の重大な事実の存否について以下順次検討する。

(一)  定款所定の目的外行為等について

1  請求原因第二項の(一)ないし(四)の各事実は当事者間に争いがない。

2  原告らは、被告会社においてボーリング場を建築所有しこれを他に賃貸する行為は定款所定の目的外行為であると主張する。

会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するところ、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含され、その必要性については、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されるべきものである。この見地からすると、被告会社においてボーリング場を建築所有してこれを他に賃貸する行為は、被告会社の定款に明示された目的、即ち繊維工業品の製造加工販売と右事業に関連附帯する取引又は行為に間接的にではあれ必要又は有益であり得べき行為とみるに妨げず、従つて、右行為に関与した被告吉谷ら取締役は、会社が権利能力を有し得べき行為に会社の業務執行機関として関与したものということができる。

しかしながら、そうであるからといつて、右取締役らが対内的な業務執行責任も当然に免れるものと断定することはできない。けだし、取締役の業務執行上の基準は、定款所定の目的に示されているものであり、この点においては、前述の権利能力の範囲の判定に当り顧慮される取引安全保護の要請よりは、会社構成員の利益保護の要請の方が重視されるべく、しかるときは、客観的・抽象的に目的内の行為と認められるときでも、取締役が主観的・具体的に会社の目的を達成するためになしたものでないことが明らかな場合には、取締役の忠実義務に違反するものとして、解任の対象となり得るからである。

3  そこで、原告らの主張するような取締役の忠実義務に違反する重大な事実があるか否かについてさらに検討を進める。

(1)  前記争いのない事実によれば、被告吉谷ら被告会社の取締役は、被告会社の定款所定の目的自体には包含されないボーリング場の建設と機械設備の購入のため約一二億円の巨費を投じ、その資金調達のため自社所有の不動産を担保に提供し、被告会社の定款目的に娯楽場経営等を追加する旨の議案が株主総会において否決されたが、なお右事業を続行し、被告吉谷をはじめ被告小泉、同塚原が役員に就任して子会社の旭開発を設立し、同会社にボーリング場設備を賃貸してその経営に当らせたが、同社の経営不振のため一億七三五五万円余の債権放棄を余儀なくされたものである。

およそ、商法二五四条の二の規定が定める取締役の忠実義務は、同法二五四条三項、民法六四四条の規定が定める委任関係に伴う善管義務とは別個の高度な義務を意味するものではなく、もとより全智全能な経済人の能力を要求するものでもないから、取締役が経済界の状況、経営上の施策方針等に対する判断を誤つたり、会社のために努力しつつ力足らずして会社に損害を生ぜしめた場合、これのみをもつて直ちに忠実義務に違反したものとはいえないと解すべきである。これを本件についてみるに、前叙のごとき結果に至つた経緯については、以下の事実が認められる。即ち、成立に争いのない甲第三、第四、第一四、第一五号証、被告小泉本人尋問の結果により成立の真正を認め得る乙第一四号証、証人小泉健二の証言、被告小泉、同塚原各本人尋問の結果を総合すると、被告会社がボーリング場の営業を計画したのは、昭和四五年暮から翌四六年にかけ、米の減反政策等により同社の主要な黄麻製品の需要が減退するとともに、賃金の高騰と特恵関税の実施により、価格競争力の強い開発途上国からの輸入製品の圧迫を受け、生産規模の縮少を迫られるいわゆる構造的不況の様相を呈したため、これが不況対策を講じ余剰の従業員と遊休施設の活用を図るべく、多角的経営へ転換する必要があつたこと、その頃ボーリングの人気が上昇中で、ボーリングの経営は一般の経済界において有望視され、鉄工、繊維等を本業とする幾多の大企業のみならず黄麻紡織界の他の大手三社も期せずして相次いでボーリング場の経営を始め、あるいはそれを準備中であつたこと、そこで被告会社としてもかかる経済界の動向に鑑み、その所有地を利用してボーリング場の経営を企図したのであるが、その営業は、従業員の労働条件、就労形態の点で自社営業とボーリング営業とで著しく異なり、被告会社の直営方式をとるにおいては、労使関係が円滑にいかないことも考えられたので、この方式はとらず、被告会社及びその関係者が全額出資して別会社である旭開発を設立し、そこに被告会社の役員及び従業員を出向させ、同社からは一か月二五五〇万円の建物設備賃貸料を得ることとしたものであること、旭開発は、昭和四七年七月に営業を始めたが、同四八年後半頃からボーリング人気が急激に下降線をたどり始め、ボーリング場が乱立して業界は供給過剰の状態となつていたため、その営業は低迷を続け、被告会社において旭開発に対する前記賃貸料を数回にわたつて減額するとともに、旭開発でも人員削減等によつて営業の立直しを図つたが、加速的な凋落傾向にはなんとしても抗し難く、倒産ないし営業規模の縮少を余儀なくされる同業者が相次ぎ、旭開発も同四九年五月事実上倒産し、被告会社は同社に対する前述の債権の貸倒れを招いたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、被告吉谷ら取締役が被告会社の業務執行機関としてボーリング場の建築賃貸を始めたのは、多角経営による被告会社の経営基盤の安定強化と不況対策としてなしたもので、当時の黄麻紡織業界等の動向に照らすと、まことに無理からぬ経営上の判断であり、善意に基づく会社財産の管理運営とみるのが相当であつて、会社の不利益において自己又は第三者の利益を図つたものとは到底認め難い。

また、被告会社が前叙のとおり旭開発に対する債権の放棄をするに至つたのは、前掲甲第一四号証、被告小泉、同塚原各本人尋問の結果によれば、旭開発が解散したため取立不能となつたからであるが、さらに親会社の関係にある被告会社としては、かかる不良債権を早期に損金経理をすることが自社の経理の健全化に資し、節税面でも有利であると被告吉谷ら取締役が判断したことによるものと認められ、右認定に対する反証はない。

右のとおり、一億七三五五万円余の損害は、被告会社の規模からみて決して僅少なものではなく、被告小泉本人も供述しているとおり、業務執行機関の見通しの甘さを指摘される余地は多分にあるけれども、他面において、上来認定のとおり、右損害の発生をもたらした原因としては、予測の困難な経済情勢の変動という、いわば他動的要因の寄与したことも否定できぬところであり、これを直ちに取締役の忠実義務違反に帰せしめるのは相当でないというべきである。

(2)  次に、本件ボーリング場営業の開始に先立ち、被告吉谷ら取締役が被告会社の定時株主総会に定款の目的変更の議案を上程し、それが否決された経緯は、前記争いのない事実のとおりであり、総会決議の遵守が忠実義務の一内容を成すことは商法二五四条の二の規定上明らかである。しかしながら、前掲甲第一四号証、成立に争いのない甲第一三、第一六号証、被告小泉、同塚原各本人尋問の結果によると、被告小泉らは、独自の調査研究に基づいて、本件ボーリング場営業に関与するためには従前の定款目的を変更するには及ばないとの一応の結論に達していたが、前叙のごとき多角化経営の必要上、目的業種の拡張を明らかにし、それについて総会の了承を得た方が会社の将来のため良策であるとの判断から、前記議案の上程に及んだもので、ボーリング場経営のみを念頭に置いたものではないこと、右議案に反対した株主は、被告会社の発行済株式総数の約三八パーセントを占める原告らを含む中本一族のみであるところ、中本一族は麻袋の製造等のほかボーリング場営業にも関与しており、原告らとしても、その主張するように被告会社がボーリング場の営業をすること自体に異存はなく、子会社形態が経理上の不明朗化を招くとして反対したものであること、さらにその背景には、中本一族と小泉一族とは、昭和三三年頃両者間の取引中止をめぐつて紛議が生じて以来、被告会社の経営上の案件についてことあるごとに反目抗争するような関係にあつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実に照らすと、被告吉谷らの総会決議不遵守を捉えてその重大な任務違背というのは当らないと考える。

(3)  さらに、原告らは、定款の目的外行為により生じた債権をもつて現物出資の対象となし、右竹中工務店に対し新株発行をなしたことが取締役の忠実義務違反であると主張する。

一般に、株式会社成立後の新株発行にあつては、会社設立時のそれと異なり、何人も現物出資をなし得、かつ、その現物出資の目的となり得るものは、貸借対照表上資産の部に計上し得るすべてのものが含まれるから、増資会社に対する金銭債権のごときも現物出資の目的となし得ることは当然であり、成立に争いのない甲第二号証によれば、被告会社の定款の規定上、新株発行に関する事項の決定は株主総会に留保されておらず、株主が新株引受権を有する旨の規定も存しないことが認められるので、現物出資に関する事項、従つてそれに与えられるべき株式の数等は取締役会においてこれを合理的に決定し得ることは明らかである。そして、前掲乙第一七号証、成立に争いのない乙第五、第九号証によると、昭和四九年四月一六日に取締役会で決議された前述の現物出資による新株発行については、裁判所より選任された検査役によりその適否が調査され、右増資案を相当とする旨の同年五月一日付の検査役の調査報告に基づき、新聞掲載による公告を経たのち、同月一八日に実行され、即日増資登記を完了したことが認められるのである。

このように、本件新株発行に関与した取締役は、その権限行使上何ら違法の点はなく、特別の公正な機関による検査の結果に従つて行動したのであるから、かかる場合には、取締役の悪意に出たと認められるような特別の事情が存する場合でない限り、忠実義務違反等の責任を生ずる余地はないというべきである。

そこで、進んで右新株発行の経緯についてさらに検討するに、前掲甲第一四号証、成立に争いのない甲第五号証、乙第一、第五号証、被告小泉、同塚原各本人尋問の結果を総合すると、被告会社では、前述のとおり、数年来構造的不況に陥り、その生産規模を縮少し多角経営に転換する必要に迫られていたところ、工業再配置法(昭和四七年法律第七三号)の施行に伴い、同社黄麻製品の主力工場である神戸市灘区所在の本社工場が同法施行令で定める工場移転促進地域に指定され、これを他の製造工場へ転換することが困難となつたこと、そのため将来レジヤー、住宅、流通センター等非製造業の諸施設に利用する方針でいたところ、この際、従来都市地域再開発問題につき、指導、助言を受けており、かつ本件ボーリング場の建築を請負い、都市地域再開発にも経験が豊富な竹中工務店との連携協力を更に密にすることが被告会社の経営の安定のために得策であると判断し、竹中工務店に資本参加を求めた結果、竹中工務店は被告会社に対して有する工事代金債権の一部を現物出資することにより被告会社が発行する新株の払込に充当することを了承し、本件新株発行がなされたことが認められ、反証はない。右事実に照らすと、たとえその新株発行が対立抗争を続ける中本一族の持株比率の相対的な低下をはかる目的を併せ有したとしても、被告吉谷ら取締役が会社の利益を害する意図をもつて本件新株発行をなしたものでないことは明らかである。この点に関する原告らの主張は理由がない。

(4)  そして、他に原告らの主張するような忠実義務違反に該当する重大な事実を認めるに足りる証拠はないから、その主張は採用の限りではない。

(二)  新株の有利発行等について

1  請求原因第三項の(一)の事実並びに本件新株発行につき株主総会の特別決議を経ていないことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告会社が株主以外の第三者である竹中工務店に対し発行した新株の一株当りの発行価額二三〇円が原告ら主張のように「特に有利な発行価額」といえるか否かについて判断する。

商法二八〇条の二第二項の規定にいう「特に有利な発行価額」とは、公正な発行価額に比して特に低い価額であり、この公正価額とは、抽象的に言えば、新株を消化し資金調達の目的が達せられる限度において旧株主に最も有利な価額をいうものと解すべきである。そして株式が上場されている場合はそこに現われる価格が一応公正な価格を示すものと考えられるが、被告会社のように、その株式が証券取引所に上場されていない会社の場合にあつては、発行株式数が少ないとか、又浮動株式が少ないとかの理由で上場されていないものがあり、いわゆる気配相場そのものを直ちに時価と認めては反つて公正を欠く場合があり、会社の資産状態、収益状態、配当状態、発行済株式数、新株発行数、新株の消化可能性、市況等の諸要素を勘案し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に公正発行価額が求められるべきものであつて、その具体的な算定方法としては、一般に、類似会社比準方式、純資産価額方式、配当還元方式、収益還元方式等が提唱されている。

これを本件についてみるに、前掲甲第一四号証、成立に争いのない乙第二号証、被告小泉本人尋問の結果及びこれにより成立の真正を認め得る乙第三号証に弁論の全趣旨を参酌すると、被告会社の株式は前叙のとおり非上場であるが、いわゆる店頭気配相場があり、それは昭和四九年四月当時一五〇円程度とみられていたこと、被告小泉ら取締役は、右気配相場を勘案して本件新株の適正な発行価額を決定することとし、そのために、大手証券会社が経営する株式会社野村総合研究所(以下、野村という)と株式会社日興リサーチセンター(以下、日興という)の二社に一株当りの適正価額の算定を依頼し、野村より二三〇円、日興より一六〇円なる調査報告を得たのち、昭和四九年四月一六日開催の取締役会において右野村の意見に従うこととして一株の発行価額を二三〇円と決定したものであること、野村の意見は、類似会社比準方式によるもので、被告会社と事業の内容、規模(資産構成、収益状況、資本額)等の類似する会社として、麻紡織関連業種から三種、絹紡織、綿紡織、毛紡織の各業種からそれぞれ一社合計六社の標本会社を選定し、右標本会社の同年一月から四月の間の月中終値平均株価を基とし、両会社の収益力、配当率、純資産額等をそれぞれ比較対照して算定したものであること、日興の意見は、類似会社比準方式を前提とし、収益力、配当率、純資産額等のほか、企業経営の実体比較、市場流通性の比較等をも加味して独自の方法により算定したものであること、なお、配当還元方式、即ち最近数事業年度の年平均配当額を一定の還元率(割引率)で還元して元本である一株当りの株価を算出する方法によると三五円となることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告らは、本件新株の発行価額の算定にあたつては純資産価額方式により公正価額を決定すべき旨主張し、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、右方式により、昭和四八年一一月三〇日現在の被告会社の貸借対照表上の帳簿価額に基づき純資産額を発行済株式総数で除して得られる一株当りの価額を算出すると、それは、原告らの主張するとおり三九六六円となることが認められる。しかしながら、原告らの主張する右方式が本件において唯一の合理性を持つものとは到底解し難い。何となれば、純資産価額方式は、一般に、株価決定の他の大きな要素である収益、配当に対する配慮がなされておらず、また貸借対照表上の資産中には会計処理上の見地から計上されている項目も含まれ、従つて純資産の一株当りの簿価は必らずしも株式の時価を明らかにするものではない点に難色があるからである。のみならず、成立に争いのない甲第一七号証によると、被告会社は、明治二三年に創業し、大正七年に株式会社として設立された会社で、その規模は、昭和四八年一一月三〇日現在で資本金一億八〇〇〇万円、純資産約一二九億円、月商約一二億円、同年六月一日から同年一一月三〇日までの事業年度の決算期における当期利益金約三〇〇〇万円であることが認められ、右事実によれば、被告会社は歴史のある上場資格を有する大企業とみるに妨げないところ、かかる規模を有し、かつ店頭気配相場もある被告会社について右方式を採用するときは、その不合理性がより大きくなるからである。即ち、純資産価額方式は、株式が会社資産に対する持分としての性格を有することに着目するものであるところ、会社が営業活動を継続している限り、右のような持分はあくまで観念的な形態にとどまり、株主が投下資本を回収するには、株式を他に譲渡するしかなく、その間株主は配当を得ることによつて満足するほかないが、会社の資産が増加しても、社内に相当部分留保され、配当の増加その他の方法で株主の利益に還元されることは少ないのが通常であるから、上場会社あるいは非上場会社でも相当の規模を有する会社について右方式で株価を評価すれば、相場価格より著しく高額になることは避けられず、本件のように、新株を引受ける第三者との協力関係に入ることを前提に資本参加の手段としてなされる新株発行の場合にあつては、かかる高額の発行価額が当該第三者の承諾を得る上で障害となり、円滑な資金調達が妨げられることともなるのである。

翻つて他の算定方法についてみるに、前記配当還元方式は、純資産、収益等の要素を全く捨象する点で、また収益還元方式(発行会社の将来時点の損益、財務状況から将来株価を試算し、一定率で現在時点の株価に還元して算定する方法)は、被告会社が前叙のごとく歴史の古い大企業である点で、いずれも採り得ないものであつて、結局、本件のような場合にあつては、株価決定の大きな三要素(支配、投資、投機)を加味している類似会社比準方式が、標本会社の選択が恣意的、不合理でない限り正常な営業活動を行ない、営業成績の順調な会社の株式評価に適するものというべきである。そして、野村の意見の前提とされた標本会社の選択方法は、前叙のとおりであつて、そこに特段の恣意性、不合理性は認め難い。もつとも、右意見において、経営権の移動を伴わない通常の株式売買が想定されていることは、前掲乙第二号証の記載により明らかであり、原告らも指摘するごとく、増資新株を割当てられる竹中工務店が被告会社の経営支配権にかかわるような場合には、そのことが株価決定上これを吊り上げる方向に働く一要因として考慮されるべきであろうけれども、右のような前提事実は本件証拠上にわかにこれを認め難いので、この点は、前記意見の合理性に消長を及ぼすものではない。

以上検討したところを要約するに、公正価格を原告ら主張のように固定的に考える理由はなく、本件新株発行価額の算定においてとられた方法は一応合理的なものとみるべく、それは商法二八〇条の二第二項に定める「特に有利な発行価額」には該らないと解するのが相当である。してみれば、本件新株発行につき株主総会の特別決議を要しないことは明らかで、この点に関する原告らの主張は採用できない。

3  原告らは、さらに、本件新株発行は、被告会社を経営する小泉一族が自派に反対の立場をとる中本一族を封じ込める意図をもつてなされたもので、その発行方法が著しく不公正であると主張する。

よつて案じるのに、取締役が会社内の支配権争奪のとき反対派の勢力を殺ぐため自派の者に新株を発行したり、又は取締役が自己又は関係者に利得させるためにこれに対して特に有利な条件で新株を発行する等専ら不当な目的を達成する手段として新株発行をなしたときは、差止め、取締役の損害賠償の対象となるほか、取締役の解任事由ともなり得るものである。そして、小泉一族と中本一族との間でかねてより確執の存したことは前述のとおりであり、本件新株発行が中本一族の持株比率の相対的な低下という結果を招くことは明らかであるが、このような事実があるからといつて、新株発行の動機として、別途の目的を有していたことも前叙のとおりであることを考慮すると、直ちに、本件新株発行が偏に右のような不当な目的達成の手段としてなされたことを推知させるものではないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。その主張は採用の限りではない。

(三)  株式の名義書換の不当拒否について

前掲甲第一四号証、成立に争いのない甲第一二、第一六号証、乙第八号証及び被告小泉本人尋問の結果によれば、被告会社は昭和三二年大同生命に対し、自社の株式を保有し将来も安定株主となつて欲しい旨依頼し、右大同生命はこれに応じ、同年中に被告会社の株式四万二五〇〇株を取得したところ、同三八年三月、原告春一が代表取締役をしている中本商事において藤忠証券(和光証券の前身)を通じ大同生命より被告会社の株式一万二五〇〇株を取得したこと、中本商事は、同年五月と同四八年一月の二回にわたつて藤忠証券を通じ被告会社に対し右株式の名義書換を請求したが、いずれの時も書換がなされなかつたこと、その理由は、中本商事が和光証券、大同生命等から書換を見合わせて欲しい旨懇請された結果、名義書換請求を撤回したものであることが認められる。しかしながら、中本商事の右名義書換請求の撤回が被告らの不当な圧力等によるもので結果的には被告会社自身の不当拒否に外ならないとする原告らの主張事実については、その趣旨に副う前掲甲第一六号証中の供述記載は憶測の域を出ないもので到底措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうとすれば、この点に関する原告らの主張も理由なきこと明らかである。

(四)  以上説示したとおり、原告ら主張の解任事由はいずれも理由がなく、被告吉谷に対する解任請求もこれを肯認するに由なきものという外ない。

四  よつて、原告らの本訴請求中、被告小泉、同塚原、同石田の各取締役解任を求める部分は、不適法であるから訴を却下し、その余の請求、即ち被告吉谷の解任を求める請求は、理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 篠原勝美 田中清)

(別紙)

計算書

貸借対照表資産合計 12,984,703,301円

固定資産及有価証券の帳簿価額と時価評価の差額 12,594,176,367円

資産合計 25,578,879,668円……(1)

貸借対照表負債合計 11,532,076,212円

価額変動準備金 △ 120,000,000円

貸倒引当金 △ 88,000,000円

負債合計 11,314,076,212円……(2)

純資産(1) -(2) = 14,264,803,456円……(3)

一株の株式の価額 (3) ÷360,000,000 = 3,962円

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